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まず最初に、アメリカ人は、心の中に自分では対処できないくらいの悩みを抱えることは誰にでもある普通のことと認識し、カウンセリングを受けること、つまり“カウンセリングを受けなければならない状況に自分があること”を、恥ずかしいと思ったり人生の中で人に知られてはいけない秘密とまで思うようなことはそれほどないようです。だからといって人に悩みがあることを言いふらすといったわけではないでしょうし、もちろんカウンセラーにはクライアントへの守秘義務といったものも存在しますが、カウンセリングを受けるということは、とても日常的であり、特別なことではないと理解しているようでした。
一度こういうことがありました。私が大学のある町のスーパーマーケットで買物をしている時のこと、通路の向こうからその時の私のクライアントの女性が友人と思われる男性と一緒に歩いてきました。私はもちろん彼女とは面識がないように振舞わなければならないので、無視した状態で通り過ぎようとした時、彼女の方から私に挨拶をしてきて、隣りの彼に向かって「私のカウンセラーのじゅんこさんよ、毎週通っているの」と紹介したのです。私はうれしい気持ち半分、戸惑いを感じたのも確かです。あとで同僚のカウンセラーにその話をしたところ、かかりつけの“マイ・カウンセラー”を持つということはうれしいことであり自慢さえできることなんだという返事で、とても驚きました。
またある時、私がキャンパス内のベンチに座っていて、側にいた女子学生の立ち話が聞くともなしに耳に入ってきたことがあります。片方の学生が「彼にこの前ふられて、最近眠れなくなってる」ともらすと、その友達の返答は「大丈夫? 話聞いてあげるよ。でも私じゃ駄目ならカウンセラーに会うといいわ」というものでした。これらのエピソードから感じられるように、アメリカ人にとってはとても身近にカウンセリングというものが存在しているようです。
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